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■みやかわ温灸院 院長のブログ

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肉利用研究室

 大学では、3年生になると肉利用研究室(にくけん)に所属していました。

 東京農業大学、農学部、畜産科、畜産物利用額研究室、肉利用研究室

 室長は、鬼原新之丞教授で、千葉県茂原市在住でした。毎日、夕方4時か5時ころには帰路につき、小田急線経堂駅→新宿駅→東京駅→茂原駅と乗り継いでいたようです。3時間はかかっていたのではないでしょうか。

 研究室には、教授の部屋があり、夕方には不在となるので、教授の部屋は、学生の部屋に早変わり。夜まで、お酒のんだり、麻雀したり。土日を挟むと、泊まり込んだり。ぼくらはばれないとおもっていましたが、教授はわかっていたのでしょう。

 卒論を書くために実験をしていたので、よく徹夜しました。卒論も、実験も、徹夜も、何のやくにも立っていないのですが、役に立たないことを一生懸命やれたのは、とても良い経験でした。

 今思うに、役に立つことをやっても役に立たないことが多いし、もうけようと思ってももうからないですから、役に立つ立たない、儲かるもうからないと分別する必要がないのですが、分別グセはなかなか消えないものです。




柳都

 新潟駅から信濃川に向かい、川を渡った先は、新潟島と呼ばれ、昔は堀が縦横にあって、堀の端には柳が植えられていたので、新潟市の別名を柳都というらしい。

 ぬれせんべい「しっとりもち りゅうと」(雪国あられ)を買ったら、商品名の由来が書いてありました。

 東洋鍼灸専門学校で教えていたころの課外授業で、ぬれせんべい大会(参加者各自がぬれせんべいを持ち寄って一等賞を決める)をしたとき、購入したのです。10年ほど前でしょうか。

『懐かしい風景』(日本文芸社)をめくっていたら、大正10年代の新潟市の古写真にめぐりあう。解説によれば、朝市の写真だそうで、右下に柳の木があり、根元は掘のようである。

広い通りの真ん中に堀があり、その端に柳の木が植わっているようである。現在の、西堀通り、東堀通り、新堀通りなどは、堀が埋められて、広い車道になっているが、かつてはこの写真のようになっていたのだ。いま、通りには街路樹として柳の木が植わっているが、柳都と呼べないさびしさ。



奇妙な体験

  母方の実家は、宮城県松島湾の中の離島にありましたが、三陸災害で亡失。今は、その跡を残すのみ。お墓だけは残っているので、機会をみてはお線香あげに行っています。

 11月15日に今年2回目の墓参に行きました。島には、尾根道の旧道と、平地の新道がありますが、行きは旧道、帰りは新道ということにしています。

 旧道で奇妙な体験。歩いていると、首の付け根から(ツボでいうと風門穴あたり)、体内の汚れた気が引き抜かれて、爽快になり、気分がせいせいしました。(前回も体験していたかもしれません。)

 帰り道では感じず。平地だからかなとおもってましたが、パワースポットと言われている塩竃神社では感じませんでした(202段の階段あり)。てっきり、気のせいかと思っていたら、仙石線松島海岸駅のホームで、また体験しました。

 ちなみに、近所の桜は寒くなってからニオイを発していないですが、実家の島のサクラはなおムンムンと発しています。寒さは関係ないみたい。 

 真相を明らかにするために、また行かねば。


ピラカンサ

  今年もピラカンサがたわわに実り、豊作。例年なら、鳥が来て、あっという間に、丸裸にしていくのですが、まったく音沙汰無し。これから来るのか、営巣地が無くなったのでもう来ないのか。




赤緑色弱

 

 新聞に載った、色分けの州地図ですが、赤緑色弱にとって、トランプ氏と未確定は、まぎらわしく、よく見ないと区別がつかない。

 翌日の新聞は、未確定は白になおしているので、クレームがついたのだと思う。

 新聞のカラーは、色調が曖昧なので、とくに見分けがつきにくい。

 見分けがつきにくいのを、見分けようとするのは、わずらわしいので、放擲することになる。善と悪の区別も、まぎわらしいので、区別するのを放擲すると、気が楽。

 

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