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■みやかわ温灸院 院長のブログ

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暴雨・狂雷

 8月12日(水)の午後の暴雨と狂雷はすごかった。雷は、花火大会ラストのように、狂ったように落ちてました。雨は、隣接する越谷市で、1時間80ミリといってましたから、ほぼ同じでしょう。ザンザンふりました。時間が短かったからいいものの、長く続いたら、豪雨災害といわれたかも。


 前の道路も歩道も冠水。ナウキャストでみたら、線状降水滞ができてました。


 コロナ、熱中症、そして天災。今年の夏は忙しい。





大器の道

 今日は、散歩しながら、大器の道と大物の道があって、ゴールは異なる、と考えてました。こう考えると、老子の大器晩成の意味が明らかになるなと。

 大器の道は、小器にはじまり、時間がかかって大器にいたる(大器晩成)。器とは、儀式用の器であり、えらばれし器である。小さな器でもで、大きな器でも、選ばれし器なのである。オーラがあるというか、品格があるというか。

 大物の道は、小物にはじまり、大物にいたる。ここでいう物とは、日用雑器で、いくら大きくても、いくら頑張っても、器にはなれないし、まずは品格がないのである。

 小物から大器には、一万年たってもならないのである。

 かんがえてみると、大器の道は、非私の道であり、大物の道は、自分本位の道である。

 まずは、天皇陛下は大器。国民のために祈る事ひさし。

 はんたいに、ト大統領は、大物。あ首相は、中物かな。





小器にはじまり、大器に至るわけであり、大器の道以外を歩いても、小器にもなれないし、大器にもなれない。

 つまり、大物の道を歩めば、小物にはじまり、大物になるわけであり、小物がどうあがいても大器にはならない。

 ということに気が付きました。



神農像の指先

 下の写真は、湯島聖堂に祀られている神農像。足先にご注目。指先が逞しくて、爪が伸びています。これは裸足で歩いている人の足です。もしくは、わらじを履いているひとか。

 指先に力が入っているので、地面をつかみ、足関節も、股関節も連動しているのが予想されます。野山をよく歩いたに違いありません。猟師さんのことばでいえば、「山を平らに歩く」ことが出来た人のようです。そうでなければ、山野草を探しにいけないでしょう。

 この神農像を彫った人は、それを知っていたのだと思います。指先の力強さが際立てますし。するどい眼をもっているだけでなく、自身も裸足で歩いて見たのでしょうね。すばらしい。

朝比奈宗源

 写真は、朝比奈宗源筆の「円覚寺」。どこか懐かしいと思ったら、丸山昌朗先生の「丸山家之墓」も、朝比奈宗源が書いたものでした。

 昭和39年発行で、6000円。900ページ余り。
 当時の高卒の銀行員の初任給が16000円だったらしいから、そうとう高い本だったようです。
 高いと思いながら、2万円で買ったのですが、安かったようです。

 何のために買ったかというと、いま、谷野一栢をしらべていて、円覚寺に立ち寄ったかもしれないので、その痕跡がないか、探すためです。臨床とはほど遠いようですが、古典の捜索・探索は、たのしい道ですし、現実的には、宗教(ここでは臨済宗)と医学(とくに鍼)は密な関係があるのですから、やはり楽しい道なのです。

 

 

 

 

日々是好日

 有馬?底師の解説に由れば

 毎日、毎日が、吉祥日(おめでたい日)であり、過去、現在、未来、すばらしい日々だということで、具体的には、過去をひきずらない、未来に過大な期待を抱かないことだそうです。

 昨日の失敗をひきずって落ち込み、昨日の成功をひきずって過大な期待を抱くことがないよう、昨日リセットして新鮮な毎日を迎えることだろうと思います。

 急いでいる時に、前の車がやけに丁寧に一時停止をしているので、ちょっと憎んでみたけど、自分の番になったら10メートル先のお巡りさん。なるほど、丁寧になるわけだ。ひとつ間違えば、違反していたかも。ちょっと憎んだ人が、一瞬にして救世主になるのですから、毎日とはいっても、刹那の出来事のように思います。

 今生まれた価値観を、次の瞬間には消去していることが、大吉祥なのでしょう。
 
 良いことも、悪いことも、宵越ししないように・・・





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